酒害体験談

栄光の日々から嫉妬妄想まで

発表者 T・A
所属 新宿・家族

 我が家には二人のアルコール依存症が居りますが、今日は主人についてお話させていただきます。
 主人との結婚生活は三十九年になりますが、三十五年間に渡り飲み続け妻子に辛い思いをさせてきました。本人は忘れたふりをしており、今日ここで話されるのは恥ずかしかろうとは思いますが、我慢してもらいます。
 主人はプロボクサーでした。
 高校2年からボクシングを始め、ローマ五輪フライ級で銅メダル、アジア大会で金メダルを獲得、大学卒業後、解説者とスポーツ新聞の記者を経てプロ入りしました。
 この間はあまり飲むこともなく順調に勝利を重ね、ノンタイトル戦ながら世界チャンピオンをTKOし、いよいよ世界タイトルに手が届こうかという時に、突然、職業病とも言える網膜剥離を起こし、入院治療の甲斐なく、無念の引退を余儀なくされてしまいました。  
 この頃の主人は短足ではありましたが筋肉が引き締まり、とても格好よく、今の捕まった宇宙人みたいな形からは想像も出来ません。
 この引退の年の秋、結婚式を挙げました。結婚後、毎日の飲酒が始まりました。
 「夢破れ、右目失明」という無念さ、不自由さから、酒を求めたのかも知れません。
 念だろう、可哀そうという気持ちから、私もそれを許してしまいました。
 そんな中で二人の息子が生まれましたが、やがて成長し父親を必要とする頃になると、その役目を全く果さず飲み続けていました。私が仕方なく全てを背負ってしまったのですが、それが主人の勝手な飲酒生活に拍車をかける結果となってしまいました。
 「Tさん、Tさん」と、外でちやほやされて飲み続ける主人に、怒った次男が「こんな物があるから悪いんだ。子供には関係無いんだ」と銅メダルを投げつけて壊してしまいました。私は泣きながらメダルを修理しました。このメダルはその後次男の発案で国立競技場に寄贈しました。今は家には何も残っておりません。
 六年前、息子達が家を出ると夫婦二人の生活になりました。主人は毎日の飲み屋通いにはネクタイを締めてスマートに振る舞い、家に帰ってはだらしなく、ついには二日に一度、布団に世界地図を描くようになりました。
 そうこうする内に、泥酔して帰宅すると突然、浮気したろうと言い出し、具体的な場所まであげて暴言を吐く始末となりました。
 美容院に出かけ三時間程して戻ると、「時間がかかりすぎる。男とホテルに行っていただろう」。休日にテニスにでかけ、帰ろうとすると携帯に3分おきに7回も着信がありました。それは昼酒に泥酔した本人が午後4時を午前4時と勘違いして怒り狂ってかけてきたものでした。
 こんな次第で、もう顔を見るのも声を聞くのも嫌になった私に、近くに住む次男が「俺の所に来いよ」と言ってくれました。次男はベッドを私に譲り自分はフロアーに寝ました。お陰で2ヶ月ぶりでグッスリ眠ることが出来ました。
 度の過ぎたやきもちに腹を立てた私は、寝ころがっている主人の胸を思い切り蹴りました。病院で調べたら、何と肋骨が2本折れていました。
 怖くなった私は心療内科の診察を受け、泣きながらあらいざらいをお話ししました。
 話が終わると先生は「ご主人はアルコール依存症です。アルコールによる脳機能障害で、嫉妬妄想症です。断酒すれば、その症状も回復します。まずご主人を連れていらっしゃい」と言われました。
 数日後、次男の段取りで主人、長男を含めた4人で話し合いを持ちました。私は離婚届を用意し、思っていることを全て話し、離婚してほしいと結びました。「お父さんも何か言いたいことがあれば、言った方が良いよ」と言う次男の促しに主人はただ無言で下を向き、借りてきた猫のように大人しく、そして離婚届にサインしました。
 「お父さんが酒を止めて心療内科に通うなら、もう一回同居してみたら。別れるのは何時でもできるんだから」と言う次男の提案に私はいやではありましたが一旦同意しました。
 心療内科の福田先生の勧めにもかかわらず主人は断酒会には入らず、ブスッと無口な生活を送り私はいやでいやでたまりませんでした。
 そうこうする内に福田先生のはからいで、高知断酒会の小林哲夫さんにお会いする機会を得ることができました。小林さんにお会いした主人は帰宅すると断酒会に入会すると言いました。でも、新宿の会と本部例会以外には出席しませんでした。
 ところが、今度は次男がアルコール依存症に陥ってしまったのです。この時は長男が手配して次男を井の頭病院に入院させました。
 これまで、あまり勉強していなかった私も井の頭病院の教育プログラムや家族会に出る傍ら、断酒例会にも通い始めました。主人も次第に出席の回数が増えていきました。 こうして現在に至っています。
 次男は今、一進一退の状況ですが段々に回復していくことと信じております。あせらずに見守っていきたいと思っています。主人の嫉妬妄想も殆ど出なくなりました。
 最近、主人と次男が壮絶なドメスティックファイトをやらかしました。私はうろたえてお巡りさんを呼んでしまいました。でも、結果が良い方向に進んでほしいと思っています。
 最後に、私は断酒会が大好きです。お陰様で毎日ほっとして帰宅することができます。
 本日はつたない話をお聞きいただきまして、ありがとうございました。